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日常の雑感。自分の好きなものについて書いています。


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私選名盤「Emerson, Lake & Palmer - Tarkus」

アーティスト名:Emerson, Lake & Palmer
アルバム名:Tarkus
リリース年:1971

収録曲
1 Tarkus (組曲:タルカス)
- Eruption (噴火)
-Stones Of Years
-Iconoclast
-Mass (ミサ祭典)
-Manticore
-Battlefield (戦場)
-Aquatarkus

2 Jeremy Bender
3 Bitches Crystal
4 Only Way, The (Hymn)
5 Infinite Space (Conclusion) (限りなき宇宙の果てに)
6 Time and a Place, A
7 Are You Ready Eddy?

(解説)
 EL&Pの2ndアルバム。キーボード担当のキース・エマーソンが閃いた「タルカス」という名を冠した怪物の物語を描いた組曲を中心としたアルバム。

(感想)
 感想の前に一つ驚いたことがある。ELPが英セールスで1位を獲得したのは本作以外にないということだ。個人的にはキース・エマーソンと言えばキーボードプレイヤーの天才的部類に入る人物であると考えているだけに意外だ。

 若いオールドロックファンにもこの「アルマジロ戦車」のジャケットはお馴染だろう。筆者自身も所謂「ジャケ買い」をしたようなアルバムである。20分以上に渡るこの「タルカス」という怪獣の活躍は組曲形式で展開されている。最大の聴きどころはやはりキース・エマーソンの幅広いキーボードのプレイスタイルにある。攻撃的で迫力に満ちたフリージャズのアドリブのようなソロを楽しむこともできるし、クラシック音楽のロマンチックなサウンドを展開する時もある。同じく彼らの代表作である「展覧会の絵」ではクラシック寄りのサウンドだが、このアルバムはロックテイストのほうに大きくウェイトがあるように思うので70年代のハードロックファンならば聴きやすい。

 また、アルバムの後半を占める小曲でもキースのキーボードは生きている。ELPの面白いところはこうした小曲にもいちいち真面目な感じがするところである。小曲でありながらプログレッシヴロックのテイストを損なわないという点にグレッグ・レイクの作曲能力やプロデュース能力をうかがい知る。こうして見るとカール・パーマーの存在がやけに薄く見えるが相変わらず我を通すような強いドラムスがタルカス組曲に於いて曲をグッと引き締めている。ソロの応酬という技巧で鳴らすプログレッシヴロックの醍醐味だ。

 タルカス登場から大暴走、怪物マンティコアとの対決、オーケストラではないロックバンドによる組曲という今日聴いても古さを感じない素晴らしい名盤。クラシックからロックへ、またその逆へと新しい門戸を開くきっかけにも良い。

※余談となるが2012年のNHK大河ドラマ「平清盛」では劇中曲にてこの「タルカス組曲」のオーケストラアレンジが大胆に取り入れられている。メインテーマを作曲したのが吉松高氏ということだが、氏は昨年にこのオーケストラアレンジのアルバムを発表している。プログレッシヴロックのサウンドは現代音楽やゲーム・アニメーションのBGMへ大きな影響を与えているがそうした証拠を感じる。以上、余談終わり。
# by takanori678 | 2012-01-09 20:48 | 「私選名盤」 | Trackback | Comments(0)

678の初詣―東北三十六不動霊場「大樹院」


今年の初詣は不動霊場と呼ばれる場所を参拝する。

いつもならば護国神社あたりを参拝するが、母が喪中にあたるので参拝しても差し支えない場所を選んだ。
亡くなられた祖父が熱心にお遍路をされていたことを思い出しつつ、今年への意欲が高まった。

2012年の抱負&新春の一枚
# by takanori678 | 2012-01-01 21:03 | 「日常生活」 | Trackback | Comments(0)

2011年へ、そして来るべき2012年へ乾杯


フランスのやけに旨いブドウジュースで一杯。

ボジョレー・ヌーボーよりも遥かに旨く、二日酔いも無し。
# by takanori678 | 2011-12-31 23:15 | 「日常生活」 | Trackback | Comments(2)

2011年総括、それでは皆様良いお年を。

 昼間に母から来年のカレンダーを貰ったので、部屋にかけることにした。歌川広重の作品を題材にしたカレンダーで郵便局で配布していたようだ。来年一年は広重とともに過ごすのかと思えば少し楽しみでもである。




 しつこく何度も随所で書いているようだが2011年は3月の震災以来、自分の物の見方が大きく変わったように思う。私生活の中にもその影響は現れている。来年は弟が、再来年は友人が地元を離れる。何よりも寂しいと思う。

 10月には母方の祖父が亡くなった。肉親の死を初めて体験した。不思議な感覚だった。

 振り返れば色々なことを経験して今年一年も終わる。自分の各分野についての振り返りを行い今年を締めくくろう。

 長文の前に来年への挨拶をしておこう。皆さま良いお年を。来年もまた幸多からんことを。

(仕事)
 社会人二年目ということで絶えぬ愚痴をこぼしたくなるような、そんなうんざりするような日々もあるがなんとか生活している。仮に自身の境遇を改善したいと思うならば、その仮定を実行に移すならば来年は実力と見切りをつける一年にしなければならないだろう。資格試験に合格しても何も変わることはないが奨励金が出るので、自身の活動資金ねん出と思えば存外に苦労もしない。

(音楽関連)
 今年は日本のロック黎明期を扱ったNHKの特番があったことを契機に本格的に聴いてみようと思い幾つかの音源を購入し、聴きこんでみた。現在メインストリームに上った以前のロックの一種不思議な世界観に魅力を感じた。古ぼけたアルバムの中にある奇妙な写真を見つけた感動に似ている。

 海外の方では相変わらずレディー・ガガの人気が冷めない。3rdアルバムを発表するのみに留まらず東日本大震災のチャリティを行うなどメディアに登場することが多い。マドンナとの類似性も何度も取り上げられるがマドンナよりもシンディ・ローパーのほうが個人的には似通った部分を感じる。英MTVではアデルが注目されたということである程度予測できたようなセールスの動向だった。最新の動向を追うのも面白いのだが、やはりどこかに閉塞感と「お決まり」の感じが漂う感じもする。案外知ってはいるが「聴こう」というまでの意識が湧かない。

 ポピュラーミュージックのみならずクラシック音楽への関心も急激に高まりつつあるので今後は同時に進行していくだろう。元来、音楽の楽しみを知ったのはクラシック音楽だと思うので楽しまないのは損であろう。

(文芸・文学関連)
 相変わらず現代の作品に読みたいと強く思う作品が少ない。こんなことを言えば古典主義・権威主義とでもレッテル貼りされそうな気もするが、誰が誰に何を伝えたいのかよくわからない作品が氾濫してるように感じる。音楽でもそうだが新しい古いなどは関係なく「良いかどうか」を中心に来年もやっていこうと思う。
 村上春樹氏がノーベル文学賞候補2位に選ばれたが、同率の2位にボブ・ディランが居たのでは間が悪かったように思える。


(美術館・博物館関連)
 今回、見学した中で特別な意味があったように感じたものが二つある。それは「フェルメールからのラブレター展」と「法然と親鸞」の展覧会だ。

 前者は京都にて見学できる機会があったが、人知を超えた混雑ぶりであえなく見学を断念し、図録のみを購入すると言う678個人としては非常に腑に落ちない思い出がある。
 また、親鸞と法然については東西の本願寺を訪問したことや、地元紙に掲載されている五木寛之氏の小説「親鸞」を題材にした山形県美術館での特別展もあり実にこれで3回目の「遭遇」となる。ここまでくれば最早見学の領域ではなく巡礼ではないかと不思議な縁を感じたものだ。

 さて、来年は東京都立美術館が改装工事を終えて開館するということでフェルメールの代表作「真珠の耳飾りの少女」が来日するようだ。今後いつ次が来るか予想もつかないのでぜひとも押さえておこう。

(旅行関連)
 今年は長い付き合いのある友人と箱根を旅したことや、研修などを抜きにして京都・大阪を旅行したことが印象的だった。また、旅を通して自分が勝手に師匠と崇めている人物や史学研究の人物とお会いできたことは何よりもうれしかった。そして自分の人生の先輩として尊敬できる。或いは友達になれそうだということが何よりもうれしい。自分が憧れる者に近付くために、色々な人に出会って行きたいと思う。

2011年の総括&年末年始のご挨拶

# by takanori678 | 2011-12-31 14:33 | 「あいさつ」 | Trackback | Comments(2)

大阪来訪―オフ会編(12月23日)

参加:自分が師匠と崇める方の運営するサイトのオフ会
日時:2011年12月23日(金)

 2011年も終わりを迎える。

 3月11日の東日本大震災と福島原子力発電所の事故を皮切りに、世の中では平成の大事件とも言うべきことが起きた。takanori678の個人の出来事としては社会人二年目ということもあり、大いに悩み苦しむところもあったが、新しい人との出会いや常に自分を支えてくれている音楽を初めとする芸術から再び力を貰うこととなった。

 今年のクリスマス付近は三連休ということで意を決し、今年最後の旅へ出かけた。自分が一方的に師匠と崇めているサイトの管理人に対面するべく、感謝の念をここで伝えたいと思い単身大阪へ乗り込んだ。

サイトが主催するオフ会に参加し「はっぴぃえんど」のアルバムについて啓蒙してきた。(内容に関してはブログで紹介したもの)
自分が東北出身で訛りがきついことや、場馴れしていないので随分と聞き苦しいものにしてしまい非常に申し訳ない気分だったが、集った人たちの寛大な心によって自分のような者でも暖かく迎え入れて頂けたと思う。

師匠には何かとお世話になっているという言葉をいただいたが、むしろそれはこちらの方であり師匠の運営するサイトなくして自分の現在の活動はなかった。

参加された方々の紹介されたものも非常にジャンルを超越しており、自分の見識を広げることができた。映画、アニメーション、御朱印、旧東海道、ジョルジョ・モランディ(絵画)、音楽に至ってはロックからオペラ果てはサルサまで幅広く紹介された。特に紹介されたものの中で自分が知らなかった分野については自分も触れてみたいと思った。

師匠が今回のオフではEテレで放送される朝番組「シャキーン」のシュールすぎるミニコーナーの紹介に加えて「古典芸能入門」という講座を開かれたので師匠の幅広い知識と敏感な視点には驚かされた。

師匠の活動のもっとも有名なところでは世界中を旅して偉人達のお墓を巡礼してきたことが挙げられる。師匠は、自分の周りを取り巻く大人たちと圧倒的に違う点が一つある。
それは何に対しても「好奇心」を抱いていることと、相手を「否定」せずペースを合わせてくれることだ。それこそがあれだけ膨大かつ内容の濃いサイトを運営していける根源だと思った。尊敬できる大人の一人として、自分もこうなりたいものだと強く思った。

このオフ会に参加していた方々も自分を発信するだけではなく積極的に交流を図ってきてくれたので東北人ゆえのぶっきらぼうな自分の態度が悔やまれる。

自分が出会ってきた作品、素晴らしい人物に対してできることは何か。発信することではないか。そう思いながら再び自分が「書く」ことに取り組む楽しさを見出すことができた。自分がなぜハンドルネームに数字「678」を入れているのか尋ねられた時から、改めて自分の取り組みが楽しい物だと再確認させられた。(ちなみに由縁を少し書く。「678」という数字はインターネットが普及した自分の世代ではADSLが主流でしばしば「エラー678」という厄介なエラーが発生しており、やけに印象に残った数字であること。同時に、当時流行していたフラッシュアニメーションの制作者である「6419氏」に倣ってウェブで活動するならば数字を名前に付け加えようと思ったからである。)

今年最後に、クリスマスイヴの前日にとてつもない贈り物を師匠やオフ会に参加されて方々から頂けた。溢れる感動と感謝の気持ちをなんとか表現するならば、さながら大島渚監督の「戦場のメリークリスマス」のラストシーンよろしく「メリークリスマス!ミスターローレンス!」と満面の笑みで叫びたいような気持だった。

また次回も参加したいと考えている。今度はもっと話すこともできるだろうし、また様々なものを吸収できるだろう。

来年もまた開催されるとのことで、次回は音楽ではなく絵画や写真の分野から面白いものをピックアップして紹介してみようと思う。個人的には「維新の肖像」と題して写真気の発明によってもたらされた「記録」としての肖像写真で面白い物などを紹介しようかと思っている。


(余談)
帰りの伊丹空港にて三回ほど金属探知に引っかかる。着ていた革ジャンやらベルトをはずし、挙句にベルトまで外してようやく引っかからなくなった。USJ帰りと思しき人物から「兄ちゃん骨格が金属で出来ていんのと違う?」と声を掛けられる。流石関西の方のユーモアともいうべきか。
# by takanori678 | 2011-12-31 13:02 | 「芸術総合」 | Trackback | Comments(0)

大阪来訪―食い倒れ編(12月24日)

「食い倒れの678」
オフ会に参加した翌日12月24日、ぎりぎりの予算の中で大阪を観光してきた。
今回の旅は充実した初日でありながら、前日には夜勤明けで疲労困憊していたこともあって体力的にも限界が来ていた。混雑確実ともいうべきUSJで遊ぶ気にもなれない。

 そこで、通天閣界隈をぶらぶらしながら食い倒れてしまおうと思ったので環状線に乗って新今宮へ向かう。

 さて食い倒れると決め込んだので「串揚げ」「たこ焼」「どて煮」などを堪能する。通天閣は25分待ちという状態だったので外観のみを眺める。

「どて煮」は今回初めて食べたのだが味噌ベースで煮込まれた牛スジがなかなか素敵な味だった。酒に弱いが思わずビールに合うだろうと思った。流石はB級グルメの大御所ともいうべき関西。手ごろで尚且つ親しみやすい味だった。

「新世界の678」
 さて、この通天閣界隈を訪問して自分は素敵な出会いがあった。奇しくもクリスマスイヴにこうした出会いがあるというのは縁というものの存在を強く感じてしまう。まして自分の愛好する音楽と言うジャンルでこうした縁があるとは何とも言えない。

 何気なく歩いていた商店街で「SWING MASA JAZZ CATS」というギャラリーを訪ねた。ジャズと愛猫をテーマにした素敵な自作の作品が展示されており、店主とジャズについて話をしながら、コーヒーを御馳走になった。山形から来たという人は自分が初めてだと言う。

大阪ではジャズが昔から盛んなようだ。言われてみればNHKの朝の連続テレビ小説「カーネーション」では主人公がジャズバーを訪れるシーンがある。神戸を海外文化の玄関口として洒落ているが気取らない文化が醸成されたのではないかと個人的に思った。
「東北でジャズというと岩手と宮城」ということで少し話もした。ジャズという一つの音楽を通じて土地も年齢もまったく違うと言うのに打ち解けて話をすることができた。音楽には力がある。創作物そのものに力がある。そう実感した。

 店主の情報から近辺にあの「澤野工房」があると窺ったので早速訪問する。タワーレコードとのタイアップでその名前を知っていたが、この近くにあるということは驚いた。

 ヨーロッパのピアノジャズを中心に販売している素敵なお店でありながら、本業は履物屋さんだというので「気取らないしゃれっ気」を感じながらCDを一枚購入する。現在はオンラインでも取り扱っているが本家で買うとなるとこの一枚は旅の記憶までを録音したような特別な存在に思えてならない。
 このCDを聞きながら今年最後に授かった素敵な体験を振り返る。来年もまた素敵な出会いが、旅を体験したいと思う。

「旅を思い出すということは人生を二度楽しむと言うことだ。」メンデルスゾーン
# by takanori678 | 2011-12-31 12:51 | 「日常生活」 | Trackback | Comments(0)

「フェルメールからのラブレター展」(宮城県立美術館 見学:2011年11月6日)

「フェルメールからのラブレター展」(宮城県立美術館 見学:2011年11月6日)
 修復後初公開となる「手紙を読む青衣の女」を見学。改めてフェルメールの扱う青の美しさ、絵画の構成上のアクセントに留まらず描かれた風景への読解を手助けするような巧みさに感動する。

 例えばこの女性の心情は表情のみではなくその「青」から感じ取ることはできないだろうか。彼女たちの手紙には何が記されていたのか。どんな物語がそこにあったのか。写実的な日常でありながら、不思議な非日常の雰囲気を感じ取る。

 同時に展示されていた「手紙を書く女」の柔らかな表情から、穏やかで温かい「もうひとつの日常」へ宛てた言葉を感じ取る。手紙というコミュニケーションツールを題材とした絵画でこれほどまでに他者への繋がりを感じるものは少ない。「召使と手紙を書く女」は召使いが窓のほうを見ている。ひょっとしたら長い長い手紙を何度も書き直している様子に飽きてきたのか。それとも雨雲が。フェルメールの写実とはただその風景を模写する無機質なものではなく、見る者へ日常に展開される自然な物語を再発見させる鏡のような魅力を感じる。

 現代は大航海時代でもなければ、ましてここは西洋ではない。しかし、時代と場所を超越してそうしたことを感じさせるフェルメールである。ダリが唯一「独創性に於いては劣る」とのみ評価し、ピカソなどを押しのけて高い評価を下した理由が判るような気もする。
# by takanori678 | 2011-12-30 22:44 | 「芸術総合」 | Trackback | Comments(0)

「法然と親鸞 ゆかりの名宝」(東京国立博物館 見学:2011年12月4日)

「法然と親鸞 ゆかりの名宝」(東京国立博物館 見学:2011年12月4日)
 これで遂に678は法然と親鸞の生涯を知るのみに飽き足らず総本山を訪問し、尚今度は東西の本願寺に眠る秘宝を暴くということになった。

 これまでの経緯から見学した内容が重複した部分も多かったが、空海展同様に仏像に至るまで展示されていたので書物・古文書の類いだけではない充実した展覧会だった。流石はトーハク。

 今回は前段階での知識が豊かになっていたので、かなり余裕を持って見ることができた。しかし、最終日の見学ほど混雑が目に見える日はない。老若男女国内外問わず訪れる膨大な数の見学者に驚かされる。そして若い世代にも親鸞の教えが浸透していること。今再び混乱と混沌、閉塞の世界で同様の時代を生きた先人たちへの関心が高まっていることがうかがえた。親鸞と法然が今年最後に678へ見せたものは「世の中」だったのかもしれない。ありがたいことである。
 
 余談だが御年輩の方で仏像にお賽銭を投げる方がいらっしゃる。信心の深さは感心するが、どうかここは博物館であるということを忘れないで欲しい。
# by takanori678 | 2011-12-30 16:04 | 「芸術総合」 | Trackback | Comments(0)

見学― 「モダン アート アメリカ ―珠玉のフィリップス・コレクション」

「モダン アート アメリカ ―珠玉のフィリップス・コレクション」(国立新美術館 見学:2011年11月3日)

 20世紀のアメリカにおけるヨーロッパからもたらされた写実主義の技巧から、我々が知る「モダンアート」と呼ばれる時代への変遷を紹介。今日、我々が知るアメリカンモダンアートの誕生の歴史を辿ることができた。
 
 アメリカの20世紀初頭からは音楽やファッション、文学という文化的な進歩も著しくアメリカを故郷とする人々の営みに触れられたようにも思える。
 
当然ながら黒人たちの移動していく姿を描いた作品もあった。黒人奴隷たちが北部から南部へ「楽園」を求め移住を続け、その中でブルーズやジャズが生まれた。大自然から大都市へ、移り変わる人々の故郷の風景とその広大なアメリカと言う国で存在していた風景はヨーロッパのような神秘性やウェットな感じというよりは雄大でありながら機械的な印象を受ける。

来る20世紀の雰囲気を感じながらアメリカ大陸を歴史とともに歩んだような気持ちになった。

 特に個人としてはエドワード・ホッパーの「日曜日」という作品が好きで、描かれた一人でパイプをふかす男性の姿に不思議な印象を受けている。目を離したとたんに日曜日の穏やかな別の風景へ去って行ってしまうような、その場からそっと居なくなるような雰囲気がしてならないのだ。「日曜日の朝」という絵画にはこの絵ともう一つ「ナイトホーク」という作品を加えて一連の物語があるように感じられる。
# by takanori678 | 2011-12-29 15:22 | 「芸術総合」 | Trackback | Comments(0)

見学―「ゴヤ展」(国立西洋美術館 見学:2011年11月3日)

「ゴヤ展」(国立西洋美術館 見学:2011年11月3日)
 「私の名は王室にまで知られ、もはや国にこの名を知らないものはいない。」とまで言わしめた技巧を誇ったゴヤが創作を通して目の当たりにしていった「醜いもの」や「本当に美しいもの」に触れることができた。

才能を開花させた当初は王室の権威を象徴するかのような勇壮かつ華麗な肖像画ばかりだったが、王室の怠慢による国家の衰退が明らかになってくると不思議な「影」が肖像画の中に現れてくる。
市民の蜂起を制止し射殺する兵士たちは何故、両手を掲げその弾丸を受け入れる市民から目をそむけたのか。また、スペインの風俗や自然な男女の風景を描いたゴヤの世界は非常に魅力的だった。

 今回の展示では著名な「裸のマハ」の「着衣のマハ」が40年ぶりに来日したということで大きく話題となった。裸婦像としての前者とはまた違う美しさを感じた。ゴヤの描く女性の肌はその脂肪の柔らかさと肌の滑らかさを感じるような、それでいて健全な美しさが漂っていて思わず見とれてしまう。

 ゴヤの肖像画も展示されていたが、最晩年の肖像画には醜悪かつ滑稽な姿で自身を描いている。それでいて「まだ学び続ける。」という言葉を遺しており彼の持つエネルギーに触れられた。
# by takanori678 | 2011-12-29 15:21 | 「芸術総合」 | Trackback | Comments(0)
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